5. 子だくさんの朝鮮部落の家へ、どぶろくを買いに行かされた

わが家から数分のところに、数軒の朝鮮家族が暮らしていて、周囲から彼らは朝鮮部落と言われていた。そこの一家でたしか金山(かなやま)という名字の家があり、子ども達は10人くらいの子だくさんであった。そのうち7人は男の子であった。大柄の肥ったお母さんがいて、薄汚れた白っぽいチョゴリを着ていたのが私には珍しかった。

このお母さんは男の子たちに家事を手伝わせていた。しかし、息子たちはいつもお母さんの言いつけをさぼるのだ。そこで、お母さんは薪を振り回して息子達を追い回したり、怒鳴りつけていた。男の子たちは上から順番に、日本名の「郎」がつく名前で呼ばれていた。お母さんは「四郎どこいった。五郎、早く薪を割りの手伝いをしろ」と独特のイントネーションで叫んでいた。

アルコールの統制の時代で、ここではどぶろくを造って売っていた。酒好きの父は私によく、朝鮮部落に行ってどぶろくを買ってくるように言いつけた。ちょっと怖いような気がしたが、私は空の一升瓶をもって出掛けて行った。土間の玄関の横に大きな瓶があって、お母さんが一升瓶に、白くドロッと濁った、やや甘い匂いのするどぶろくを注いでくれた。

お母さんは、私の顔を覚えていて柔和な表情をして、クセのある言い回しで「ありがとう。またお出で」と言った。どぶろくを密造して売っていたあの一家には、お父さんはいなかったのかも知れない。かなり重い一升瓶を落とさないように抱えた帰り道、私はあのお母さんは思ったより怖くないと思った。

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