1. 召集された父は、なぜか戦争に行かなかった

父は軍隊に召集されたが、なぜか軍の入隊検査で帰されたと母から聞いていた。母は「お父さんは、お前は顔色が青いから一旦帰宅しろ」と係から宣告されたという。さらに、母は父が青い顔で兵隊検査に出かけることになったのは、前夜近所の人からたくさんお酒を飲まされ、翌朝お腹を壊したまま出向いたからだと。子どものころ私は素直にそうなんだと思っていた。

もうひとつ、後年私が大人になって親戚の誰かから、父は腕のよい旋盤職人だったので、軍は必要になった時いつでも父に仕事をさせようと形式的に召集しただけで、実際には入隊させなかったのではないかと聞いた。

しかし、いま思い返すと果たして母の説明通りの事情であったのか。それとも親戚の人が言うような事情があったのか。いずれも、やや疑問を感じている。特に、母は度々この話をしたが、その時の母の話し方や表情がふだんよりやや誇張していて、かすかな不自然さが漂っていた。しかし、いまとなってはすでに母も父も亡くなってしまい、私のこの疑問を説く機会はなくなってしまった。

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